⚡ 秋名の白い幽霊(1980年代)
藤原文太は群馬県で藤原とうふ店を営む男であり、主人公・拓海の父親である。
1980年代、文太は白いトヨタ・スプリンタートレノAE86で秋名山の峠を完全に支配していた。コーナーの奥から現れたかと思えば、次の瞬間には消えている——その常識外れの速さから、いつしか『秋名の白い幽霊』と呼ばれるようになった。
走りはどこまでも滑らかで正確。AE86がコーナーを浮いているように見えるほどで、群馬一帯では事実上、誰も手が届かない存在だった。
⚡ 引退、そして家族
妻が家を出たあとは、とうふ店に専念し、拓海を男手ひとつで育てるために公道レースからは正式に身を引いた。だが、運転への執着も、あの腕も、ついに手放すことはなかった。
どこでも寝てしまうだらしない中年、しかもチェーンスモーカー——その外見は、いまも伝説であり続ける頭脳と腕を、まるごと覆い隠している。
⚡ 陰の師:水の入ったコップ
拓海が13歳になった日から、文太はひそかな英才教育を始めた。毎朝夜明け前、拓海はAE86で秋名の険しい峠道を上り、とうふを届ける。カップホルダーには水を満たしたコップ——一滴もこぼしてはならない。
型破りでありながら見事なこの方法によって、拓海は自分が鍛えられていることにすら気づかないまま、身体で高度な運転技術を覚えていった。
完璧な運転は頭で組み立てるものではなく、身体が覚えるものだ——文太はそう信じている。頭より先に、体が学ばなければならない。
性格
文太は口数の少ない男で、チェーンスモーカーで、そして恐ろしく戦術眼が鋭い。どうでもよさそうな態度と、所かまわず寝てしまう癖。その裏では、車と走りに関するあらゆるものを常に観察し、分析し続けている。感情を表に出すことはほとんどないが、拓海への深い愛情は、息子を可能なかぎり最高のドライバーに仕立て上げるという静かな執念となって表れる。皮肉の効いたユーモアの持ち主で、周りに自分の本当の狙いを推測させ続けるのを楽しんでいる節がある。ゆるんだ見た目とは裏腹に、ハンドルを握れば誰よりも負けず嫌いで、自分の腕には揺るぎない誇りを持っている。
哲学
“文太にとって、完璧な運転は頭で組み立てるものではなく、身体が覚えるものだ。考えすぎればドライバーとマシンの自然な流れが途切れる、というのが持論である。だから教え方も、頭より先に体が学ぶ状況を用意することに徹している——拓海に動きを滑らかにすることを強いた、あの水の入ったコップがまさにそれだ。理屈を理解することより車を「感じる」ことを上に置き、ドライバーが車と完全に噛み合ったとき、最高の技術はひとりでに出てくると信じている。「少ないほうがいい」という考えは過剰なチューニングの拒否にも表れており、ノーマルに近い装備から腕だけで最大限を引き出すことを好む。”